2010.06.14 Monday
前回のブログを書いたのは、もう1年半も前のことになってしまった。
そのときの衆院選で政権交代が実現し、民主党の鳩山内閣が誕生したものの、わずか8ヶ月で崩壊してしまった。
そして、今、菅直人氏が新しい首相になって、参院選を迎えようとしている。
菅さんは、私が最もシンパシーを感じている政治家だ。
私は、かつてタイに1年ほどいたことがあり、そのタイで大きな問題となっていたエイズに強い関心を持っていた。その関係で、我が国の薬害エイズ問題にも注目していたのだが、この問題を政治的を決着させたのが、当時の菅厚生大臣だった。あのときは、O157の事件で早とちりして、貝割れ大根に濡れ衣を着せてしまい、貝割れを山のように食べるという一幕もあったが、厚生大臣としての仕事ぶりは、評価できるものだった。
私は、大学は夜間部に通い、昼間は働いていたものだから、20歳から国民年金保険料を支払ってきた。タイに行っていた間は当然ながら未払いだったが、戻ってからしばらくも、いろいろと慌ただしいことが続き、保険料は払っていなかった。2年ほどたって、精神的にも、金銭的にも支払う余裕ができたので、市役所の担当課へ行って、未納の分までさかのぼって支払おうとしたところ、2年以上はさかのぼって支払うことができない、といって断られた。こちらが、「払う」と行っているのに、「受け取れない」というのだ。結局、9ヶ月分は「未納」ではなく、「納入不能」となった。このことは、その後しばらく忘れていたが、それを思い出させてくれたのが、菅さんだった。彼が、民主党の代表となって、国民年金保険料の「未納三兄弟」を追求していたときに、自らも、未納の期間があることが判明した。そのとき、彼は、妻が手続きをしたが担当窓口で年金保険料は払わなくていいといわれたと主張したものの、結局その責任を取って、民主党の代表の座を降りることとなった。この話を聞いて、私は、自らの体験から、年金窓口の担当者だったら、それが事実に違いない、菅さんは被害者だと、彼に同情したものだった。
タイから帰国後、私は、四国88カ所巡拝バスの添乗員助手として12年働き、「お四国」を100回近く回ってきた。また、2度徒歩遍路もしている。それ故、菅さんが民主党代表を辞任して四国遍路を始めたとき、ストレートに、「この人はいい人だな」と感じた。
そんな菅さんが、再び、民主党の代表となり、その菅民主党から、岡平知子さんが2度目の国政へのチャレンジをすることになった。彼女を取り巻く情勢はまだまだ厳しいが、何とか新しい一歩を踏み出してもらいたい。
( 小池 )